佐藤さんの時計店から車でおよそ30分。やってきたのは鎌倉時代に開かれたという由緒有るお寺です。 ここに佐藤さんを強く引きつけて止まない時計があるのです。今から4年前、 佐藤さんはこの寺に伝わる時計を修理する機会を得ました。櫓(やぐら)時計です。 江戸時代の時計の中でも最も代表的な時計で、城や大名屋敷などに置かれていた高級品でした。 戦国時代の末に日本に伝えられた時計は、江戸時代、和時計として独自の発達を遂げました。 当時時計は現代とは比べ物にならないほどの貴重品で、職人の技の粋を生かした、
いわば江戸時代のハイテクノロジーでした。佐藤さんはこれまでに和時計の修理を7台手がけてきました。 そうした体験は佐藤さんにとって未知なる時計との出会いだっただけでなく、江戸時代の職人の魂に触れる体験でもありました。
「当時は道具いうたら、ろくろぐらいしかなかったと思うんでね。 だからほんま根気よく歯車なんかにしても、ヤスリを自分で作りながらやったんで、大変だし、しかも正確に作っとるんでね、 非常に技術の高さに驚きますね。ぼくらーまだまだ勉強しなきゃいけんと思います。この櫓時計を自分の力で一から作ってみたい、 いう夢はあるんですね。」
今佐藤さんは歯車などの部品をすべて手作りで一つの和時計を作ろうとしています。櫓時計をいつか手作りで作ってみたい。
その夢の実現へ向けた第一歩です。佐藤さんが作ろうとしているのは江戸時代「尺時計」と呼ばれていた時計です
。尺時計では文字盤が垂直に刻まれています。そして針はおもりに直接取り付けられていて、 文字盤を下に下がりながら時刻を示す仕組みになっています。使われている歯車の数はわずか4個。
最も単純な仕組みの時計です。江戸の世では最も広く普及していた型の時計でした。
尺時計の製作は歯車を作ることから始まりました。歯車の材料は厚さ2ミリの真鍮の板。 分度器で角度を測り、糸のこで一つ一つ歯を削り出していきます。
江戸時代の時計を作るのならば当時の職人と同じやり方で、しかも彼らに負けないように作りたい。 そんな時計職人の意地から佐藤さんは今回の尺時計作りを始めました。

手作りへのこだわりは、江戸時代の職人への時代を超えた挑戦です。しかし部品を組み立てる段階になって、 手作りの難しさが佐藤さんを悩ませました。
「ここ掛かりょうるねー。ちょっとこれ直さにゃいけん。 歯の間隔や厚みが不揃いだったりわずかな削り残しがあったりするだけで歯車がうまく回りません。 組み立てた時計を分解し、歯車の歯を一カ所ずつ修正しては再び歯車の噛み合わせをチェックします。 手作りの歯車を完璧に仕上げるためにはこうした気の遠くなるような作業を繰り返さなければならないのです。

 季節によって、そして時によってその配置を換えていく自然。太古から人は時を計るために天体を観測してきました。

「宇宙の営みによって1年365日が決まる、それが1ヶ月、1日、24時間に。 考えてみりゃあ、宇宙のその大きな動きが、あのぉ・・・・・それを刻々と刻むのが、まあ、時計、時間ですね。 」時計職人の佐藤さんが月の写真に魅せられ、夜空に目を向けるようになったのも運命だったのかも知れません。 次へ→